にいなめさい

こんにちは、神澤記子です。

新嘗祭



11月23日は何の日だったかご存知ですか?

皆さん、当然、知ってらっしゃいますよね。
カレンダーにも書いてあります。
「勤労感謝の日」です。
祝日です。
小学生でもわかります。


では
「にいなめさい」はご存知ですか?


私、恥ずかしながら、今年まで
「にいなめさい」という言葉は聞いたことがあったのですが、
「にいなめさい」とは何なのか、
「にいなめさい」とはいつなのかを
知りませんでした。

「にいなめさい」とは「新嘗祭」。
知らないと、読めません…

「新嘗祭」と読めても、
何も見ないで書けと言われたら、
私は書けません。
まったく馴染みのない言葉。

しかし、このところ、
日本について勉強したいなと思い、
勉強会などに参加していたら、
「新嘗祭」は日本人にとって
大切な日なんだと言うことが分かりました。

11月23日は「勤労感謝の日」ではありますが、
「新嘗祭」の日でもあります。
伊勢神宮を始め、
全国の神社では「新嘗祭」が行われています。
(ということを、今年知りました…)


五穀豊穣を感謝する日だそうです。


稲作を中心とする農耕の民である日本人にとって、
この「新嘗祭」は重要な祭であるということは、
私にも想像が出来ました。

しかし「五穀豊穣」という四文字熟語は知っていても
「五穀」がなんなのかは知らない(汗)

色々と知らないことだらけで、
これで「日本人です」と
胸をはって言えるのだろうか…と
落ち込みます。

その「新嘗祭」の日、11月23日。
お世話になっているタド・ジュンコ先生の
「新嘗祭 
宇宙エネルギーと繋がる冬に向かう植物の力
穀類と滋養スープの会」
に参加させていただきました。

タド先生は雑穀をたくさん使われる料理を作ってらっしゃいます。
和食の基本
「まごわやさしいこ」に
タド先生は雑穀の「ザ」をつけて、
「Theまごわやさしいこ」のお料理を勧めてらっしゃいます。

新嘗祭のこの日も、
雑穀をふんだんに使ったお料理をいただきました。
それもそのはず、
「五穀豊穣」の「五穀」とは
『稲・麦・粟・大豆・小豆』
もしくは
『稲・麦・粟・稗・大豆』
のこと。
まさに、新嘗祭のためのお料理です。

新嘗祭メニュー



そば粉をトルティーヤ風にして、
雑穀とお野菜をのせ、
サチャインチオイルと塩でいただきました。
(食べるのに夢中で、写真を撮るのを忘れました(汗))

子どもの頃、
インコを飼っていた私としては、
初めて雑穀を見たときは、
「これ、鳥の餌じゃないの?」
と思いましたが、
とんでもないですね。
これはちゃんとした「穀類」、
ちゃんとした「食べ物」です。

雑穀
(↑写真はタド先生のブログよりお借りしました)
(写真の雑穀をトルティーヤ風そば粉に包んで食べました)


パンを食べ、牛乳を飲むようになってからの日本。
「雑穀」をあまり見かけなくなり、
米以外にパンやパスタ、肉を多く食べるようになってからは、
「穀類」に感謝するということを
忘れ始めているのではないかしら?
もちろん、私を含めてです。

ま、穀類とか雑穀とかは置いておいても、
野菜や果物を含めて、
私たちが食べる「自然の恵み」に
感謝する日があっても
いいのではないかな、と思いました。

いや、感謝の前に、
食べ物に注目し、
食べ物について考えてみることが先なのかな。

一年に一度、食べ物について考えるのに、
「新嘗祭」は必要な日なんだと感じました。
(今年まで知らなかった私が、大きなことは言えませんが…)

タド先生のお話を聞くと、
普段は忘れている、見ないようにしている事柄を
考えることが出来ます。
今年は素敵な新嘗祭を送ることができました。

新嘗祭記念写真
(前列左から2番目がタド先生♡)


タド先生、ありがとうございました。
そして、自然の恵みに感謝!!

タド先生の料理教室
『ワンネスフード/タド・ジュンコ健康料理スクール』のHPはこちら
↓↓↓
http://tado-junko.com/

コメント

  • 新嘗祭

    新嘗祭は僕等農業者にとっては大事な日ですね。以前はお供え物として明治神宮などに野菜を奉納したこともありますね。最近は余りなされていませんが、そもそも現在の祝日といっている日の多くは祭日といっていたはずで、その祭日の意味は神事にまつわる意味が込められている日だったはずですね。戦後アメリカの方針で、祭日ではなく祝日に代えられたということですよ。今の日本人が神事に疎くなってしまったのも、歴史をたどると発見があると思います。


  • Re: 新嘗祭

    コメントをありがとうございます。
    「祝日」は「祭日」ですね。今一度、日本の歴史を振り返り、古来の日本人が受け継いできたものを、見直さなければいけない時が、来ているのかとも思います。
    神事を「宗教」としてとらえるのではなく、日本人の「精神」としてとらえると、日本人がどのように自然と関わってきたのかを理解できるように思います。
    私ももっと、日本について、知識を深めなければと思っています。



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