あの頃君は小さかった~その3~

こんにちは、神澤記子です。

一昨日、昨日のブログで
私の二人の子どもの
出産にまつわる思い出話をさせていただきました。

遊ぶ兄弟



なんで、脈絡もなく、出産の思い出話をしたのか?

それは、先日のことです。

(私の思考↓)
「今日の夕飯、何にしようかな〜。
食材がないから、何作るにしても、
買い物に行かないと…」

「でも、ごはんはお弁当作るために
明日の朝、炊けるようにしたいから、
今からご飯を炊いて、
食べ終わってからお釜を洗うのは、めんどくさいな…」

「じゃあ、麺類にしよう。
グラタンはめんどくさいし、スパゲティはこの間2回も食べたばかり。
そうすると、蕎麦でいいかな。
寒いから温かいものが食べたいし」

「蕎麦ならおかずも作らなくていいから、楽でいいや」

と、まあ、こんな具合で
近所のスーパーに買い物にいった訳です。
買い物といっても、
蕎麦職人が作った高級蕎麦を買った訳でもなく、
どこかの工場で作られた
乾麺の蕎麦を買っただけ。

あとは、蕎麦つゆを作って
(蕎麦つゆは、醤油とみりんで手作りしました)
蕎麦を茹でて、さあ夕ご飯。

子どもたちと夫は、蕎麦を食べ始めると、
「ん‼︎うまいね‼︎」
とガツガツ食べ、大絶賛。

それを見て私は、
「私が作ったのは、蕎麦つゆだけなんだけど…」
と、今日の思考を振り返り、
ちょっと申し訳ないように思ったのですが、
「こんな料理でも、
おいしいと言って食べてくれるのは、とってもうれしいな」
とも思ったんです。
夫と子どもたちが「おいしい」と言って食べている姿を見るのは、
すごくうれしいし、幸せなことだな、と。

料理が得意でも好きでもない私。
料理の支度をするのはまだいいのだけど、
片づけるのは、あまり好きではない。

だから、作ること自体がめんどくさいと思うこともあるし、
しかも一生懸命作ったご飯が
「まずい」とは言われないにしても、
残っていたりすると、
悲しいというより、
腹立たしい気持ちのほうが湧いてきます。

そんな時もあるけれど、
自分が作ったご飯を
「おいしい」と言って食べてくれたときは、
素直にうれしい。

普段は子どもたちが
勉強しないだとか、片付けてくれないだとか、
悪いところばかり目に入る。

それに
頭がよくなってほしいな、だとか、
さらにはいい大学にいってほしいとか。
お友だちに好かれる子になってほしいなとか、
できれば学校の先生にも好かれる子になってくれたらな、とか。

だんだんと親の勝手な欲が出てくる。

でも思い返せば、
この世に生れ出てくるまでも必死に生き、
産まれた時も、
生きているだけで精一杯みたいな
本当に小さかった子どもたちが、
こんなに大きくなって、
しかも元気で、ご飯をもりもり食べてくれる。

これって、
それだけで幸せなことなんだなと、
思ったのであります。

子どもたちと夫のうれしそうな顔を見ることが、
私のご飯を作る原動力だ、と。

並んで寝る



たまには、自分の欲は捨てて、
子どもたちが生まれてきてくれたこと、
元気に育ってくれてること、
それだけに感謝しないと、と感じました。

さあ、
これからも笑顔の食卓を作るために、
私はご飯を作ろう‼︎

家族



長文、最後までお読みいただき、ありがとうございました‼︎

コメント


認証コード2529

コメントは管理者の承認後に表示されます。